ソウル日記②
セックス90%の女。
彼にとって私はそうであるらしい。
Chungmuro駅近くのカフェで面と向かって言われた。正直過ぎるのは罪だ。
まあ胃がんの告知に比べればかわいいもの、だ。
相対的に考えればいいのだ。人生で言われたくなかった言葉ベスト10くらいには入るだろうが。
直ぐに私は脳の中からこの事実を消去した。
そうだ、私は今ソウルにいて大好きなこの人と嬉しい旅をしているのだ。
ソウルでの最後の1日。カフェで1日の予定を問われる。勿論私たちは1人称だ。
自由を愛するこの私に予定などある訳ないが何か言わねばと、チムチルバンへ行こうと思いますと答える。
「僕も行きたい」と彼は言う。
チムチルバンのチョイスの宿題をもらい解散する。
私はまた教会へ向かう。
人々の祈りの中で私は癒される。そうか、私は傷ついていたのか。
はい、昇華!
ここにいるクリスチャン、ムスリム、仏教徒、それぞれの哲学、色んな歩みが有ろうとも結局は同じところを目指しているのだ。
私の尊敬する人が言った「違いを優劣で判断すべきではない」と。
色んな価値観を私たちは認め合って生きていく。
Mr.Children「掌」にまた繋がった。
彼と連絡を取り、夕方ホテルで待ち合わせをした。チムチルバンへ行くため。ホテルのロビーへ行くと彼が既にいて既に不機嫌だった。
心の中でふぅと一旦溜め息をつき、口角を上げ、速足の彼の後を追う。
朝、触れ合った時は優しい目をしていたのに…。
無言で地下鉄に乗り、龍山駅で降り無言でドラゴンヒルスパへ向かう。それぞれ会計をして、下駄箱の前で彼は言う。
「僕は1時間後には出る。先に帰るかもしれない。そのまま空港へ行くかもしれない。お互い何も預けている荷物なんかないよね?じゃ。」
ん?
今生での最後になるかもしれないってこと?
それをそんなにさらりと鬼のような目で言うの?
慣れるわけなどない。
1年分の寿命をそこで縮める。一体私は何年分の寿命を縮めればいいのか。
普通の人なら即死レベルだ。
年末のからの疲れを私は癒したかった。私は熱があるのだ。ゆっくりさせてくれ!
なのに私は100秒ほどお湯に浸かっただけ。
1時間のうちに髪を乾かして化粧水をつけ軽く化粧をしなければならないのだ。そうしてフロントの硬い椅子に座って彼を待つ。ちょうど1時間しか経っていないから彼はまだ中にいるはずだ。忠犬ハチ公のように私は石になって彼を待つ。同じ椅子に座る人たちが、恋人や家族や友達に再会して一緒に立ち去っていく。私は心を無にして彼を待った。私はとても疲れていて、目を閉じた。
目を開けて握りしめていた携帯を見ると、「今から帰ります」と彼からの通知。
今男湯から出たのか、店自体から出たのか、わからず彼に確認をするが連絡は無し。
15分待ったが一向に出てくる気配がないので私は諦めた。
私の前を通らなければ、外にでることは叶わないはずなのに。
存在を知りながら、よく私の前を素通りできたものだ。
彼の中にいる鬼と私は対峙しているのだ。
雨の中、私は迷った。地下鉄の駅がどこにあるのかわからない。デパートの前でで雨宿りをしていた配送業の男性に声を掛ける。地下鉄の駅はどこですか?と。彼は親切に教えてくれる。人の優しさが身に染みる。細胞まで染みわたっていく。しかも彼は美しい顔をしているのだ。
「イケメン♪イケメン♪」と自分を鼓舞して指し示された地下鉄の駅へ向かう。
最寄の駅に着き、駅を上がったところにある彼が好きなカフェに寄って彼を探す。勿論いない。私、バカだなと自分をせせら笑って急いでホテルへ戻る。一歩一歩彼が居ますように、と願いながら。
前髪を正して息を飲んでフロントの自動ドアをくぐる。
そこには彼がいてやたら大きなスーツケースの荷物をまとめていた。
ほっとした。
そんな想いを見せず私は普通を取り繕った。
「僕は今から空港へ向かいます」と彼は一人称で宣言した。
「私も行く」と私は言った。
仕方無いという風に彼はスーツケースを転がして外へ出た。バックパックを背負った私は彼の後姿を追いかける。
地下鉄に向かうかと思っていたが、別の方向へ彼は向かう。何か言って機嫌を損ねるのは嫌だから私は無言のまま彼の後を追いかける。バス停で彼は立ち止り携帯を見る。そして私にその画面を見せる。複数の数字の羅列。バスの番号のようだ。「覚えて」と彼は言う。
バスが来て私たちは乗り込む。別々の席に座る。
明洞駅を初めて見た。私はソウルにいて何も見ていなかった気がした。近くにこんなに華やかな世界があったなんて、と。
ソウル駅が見える距離にきたのに、バスはそこを離れていく。私たちはバスの通路越しに目を合わせた。大丈夫?と。数分後またソウル駅へ近づき私たちは目を合わせ、うん、と互いに頷いた。そういう細やかなことで私は幸せを感じた。
駅で彼は気が向いたのか数秒だけ手を繋いでくれた。とてもとても嬉しかった。この旅で乗り越えた試練のご褒美だ。この旅で寿命を3年程縮めたが本望だ!
私たちの時間はもう残り少ない。
次会えるかどうか誰も分からないのだから。
プルコギとビビンバとマッコリ。
それが私たちの心を緩める。
彼は酔った勢いで元オクサンについて語り始める。
彼はいつも奥さんが~と語り始める。「元オクサンだろうがっ!」と心の中で突っ込みながら私は聞く。
彼は、今、面と向かっている私と比較し、その旨告げる。本当は私はあなたの過去など知りたくもないのだけれど。
彼は元オクを「不潔だ」と罵った。
そこまで感情を剥き出しにできるのはまだ何かが残っている証拠だ。
彼が数年間病気で引きこもっている間、彼女は彼を支えていたし、彼はある意味彼女を支えていたのだろう。彼曰く、経済的にも肉体的にも自由がきかない状態で抑え込まれていた、と。彼女の正論が彼を追い込む。
今の彼のモンスターの片鱗を作ったのは彼女だったのかもしれない。そういった意味では彼女は「モンスターオブモンスター」だ。
二人のことは二人にしかわからない。
私は彼女のことは純粋に尊敬している。会ったこともないその彼女のことを。
彼女は今彼女の人生を生きているらしい。
良かったと思う。彼女は幸せになるべき人だ。
そして、彼もモトオクを浄化しなければならない。
「他人を変えることはできない。
苛々するのは自分の思う通りにならないから。
自分がいかに正しいかを主張しても相手には響かない。
むしろ頑なになるだろう。
正しいことなど人それぞれだ。
マジョリティとかマイノリティでもないし。
欲するならただ自分が変わればいい。」
私の中の誰かがそう告げる。
YES。正論で人の心は動かない。
太陽と北風なら、私は太陽でありたい。